#幕府秘密退魔体制
目次
Canon. 幕府が妖魔事件を処理する非公式組織網。
#香 — 名なき役所
その組織に看板はない。ある日は監察の密書であり、ある日は寺の台帳であり、ある日はカグラ藩から来た見知らぬ随行者だ。名がないから消えやすく、消えやすいから長く持つ。
#法 — 組織の運用
- 秘密退魔体制は単一組織ではなく、事件ごとの臨時連絡網として扱う。
- PCは正式所属・外部協力者・監視対象・身代わりのいずれかに配置できる。
- 幕府の助けは資源であると同時に制約だ。証拠回収・報告禁止・事件縮小が常についてくる。
#場面解説 — 命令書なき命令
幕府秘密退魔体制は名がないから扱いやすい。正式組織なら責任の所在が明確すぎるが、名なき連絡網なら事件ごとに別の顔で現れる。昨日は同心で、今日は寺の使いで、明日はカグラ藩派遣隊になる。
この組織をPCの所属として使えば安定した依頼構造が生まれる。ただし安心感だけを与えてはならない。幕府の任務は常に制約を伴わなければならない。事件を解決しても公開するな、妖魔を排除しても藩の名を汚すな、目撃者を生かしても証言させるな。この矛盾が江戸プレイの醍醐味だ。
任務書につける条件:
- 公式記録には残さない。
- 特定の家や寺の名は口にしない。
- 妖魔物品は破壊せず回収する。
#セッション適用 — 名なき所属を与える
- 最初の場面:PCは正式な辞令ではなく、遠回しな口頭命令と封印された密書を受け取る。
- 捻り:失敗すれば組織はPCの存在を否定し、成功しても手柄は記録されない。
- 最後の問い:名なき組織のために戦うPCは何をもって自分の勝利を記憶するか。
#導入短篇 — 濡れた密書
雨漏りする橋の下で監察の榊原玄右衛門は密書を開かなかった。密書は封じられたままでいれば命令になり、開いた瞬間に責任になるからだ。彼は代わりに灯りを低くし、PCたちの顔を一人ずつ確かめた。
「今夜この橋の下で死んだ者はいない」
カグラ藩派遣の武士が目を細めた。「死体が三つございます」
「治安記録にはない」
寺から来た若い僧が濡れた数珠を握った。「魂はまだ去っていません。名を呼んでやらなければ」
玄右衛門はそこで初めて密書をPCに差し出した。封蝋に幕府紋はなかった。代わりに寺請制度台帳に使う小さな印が捺されていた。
「名を呼べば噂になる。噂になれば百物会が来る。百物会が来れば黒札組が値をつける。そうなれば我々は三人を救うのではなく、江戸の夜全体を相手にせねばならぬ」
橋の欄干の向こうから水滴が逆向きに上がった。死んだ荷担ぎが一人目を開け、自分の名を覚えていないままPCを見た。
「命令は簡単だ」玄右衛門が言った。「魂を鎮めよ。物品は回収せよ。そして今夜誰も死ななかったと報告せよ」
その言葉が終わると闇の中から誰かが笑った。人の笑いではなく、台帳から消された文字が紙の上で引っ掻かれる音だった。
#組織カード
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 表面 | 幕府行政と治安の非公式協力網 |
| 裏面 | 妖魔事件の確認・隔離・退治・封印・記録抹消 |
| 首脳 | 秘密監察、陰陽記録官、寺社顧問、カグラ藩連絡役 |
| 現場 | 同心、岡っ引き、旗本剣客、退魔僧、エンリョ館吸収派 |
| 強点 | 合法権限、文書統制、治安網、封印資源 |
| 弱点 | 責任回避、腐敗、報告遅延、黒札房の浸透 |
幕府秘密退魔体制は「組織名」ではなく作動方式だ。同じ事件でも命令権者は監察で、実際の資金は寺が出し、武力はカグラ藩が担うことがある。GMはこの体系を一つの本部として描かず、別々の部署が同じ事件を知らぬふりで押し進める形として描く。
#幹部と下部構造
| 層位 | 代表人物 | 役割 | 扱い方 |
|---|---|---|---|
| 上層監察 | 榊原玄右衛門 | 命令と隠蔽の最終責任者 | 協力者だが常に記録を先に考える |
| 陰陽記録官 | 源時経 | 霊界門と禁書管理 | 答えは知っているが公開できない人物として使う |
| 寺社顧問 | 青蓮院妙覚 | 葬儀・浄化・封印の名分 | 人の魂を幕府より先に気にかけるようにする |
| カグラ藩連絡役 | 神楽実矩 | 武力投入承認と現場指揮 | 刀を使いたいが許可を待つ緊張を与える |
| 現場末端 | 同心、岡っ引き、下級僧 | 目撃者回収、検問、物品押収 | 無知か怯えているか既に買収された顔として使う |
榊原玄右衛門は悪人ではない。しかし彼は天下泰平を人より大きな言葉として学んだ。PCが人を救えば感謝するが、その救出が記録を揺るがせばPCを叱る。この人物は幕府の光と闇を一つの顔に担う軸だ。
#陣営基盤
[素養] 密命体系
幕府秘密退魔体制の人物は正式命令書なしに現場を統制し、文書と封印を通じて事件の名前を変える。
効果: 証拠回収、現場封鎖、逮捕の名分、公式記録閲覧、隠蔽報告と直接関連した
知または魅の判定に+1。幕府文書や密命牌を提示できれば+2に増加する。PC習得時: セッション1回、公式権限が必要な場面で
知または魅の判定に+3。使用後その事実は幕府記録に残り、GMは次の場面に報告義務や隠蔽条件を付けることができる。適用: 幕府秘密退魔体制所属の卒〜将ユニットと随伴分隊は固有特性として内蔵する。榊原玄右衛門のような主級NPCは一般特技1スロットに配置する。
#随伴分隊
幕府所属のPCは以下の分隊を事件現場に帯同できる。以下の分隊はすべて陣営基盤[素養] 密命体系を適用する。分隊は戦闘力よりも権限と隠蔽能力で場面を変える。
#幕府検問組 — 卒
戦力 1、防備 12。制圧力 +2 (分隊5名)。
技法:
- 出入封鎖 [構え] — 持続。同区画を離れる人間NPCの移動コスト+1活力。
- 名簿確認 [型] — 指揮時。調査場面で目撃者・物品・通行記録のうち一つの所有者を確認する。
#陰陽封印班 — 練
戦力 2、防備 13。制圧力 +3 (分隊3名)。
技法:
- 仮結界 [構え] — 持続。同区画の霊体・怨霊の最初の攻撃判定-1。
- 符札固定 [型] — 指揮時。2d10+智(+2)≧13。成功すれば同区画のギミック一つの移動または暴走を1呼吸遅らせる。
#幹部NPC: 榊原玄右衛門 — 主
榊原玄右衛門 — 主
戦力 5、防備 14、活力 12
勇+1、技+2、体+2、智+4、美+3、運+2
制圧力 +4.5
| 技法 | 種別 | 活力 | 判定 | 効果 | 制限 |
|---|---|---|---|---|---|
| 密命下達 | [型] | 3 | 2d10+美 vs 対象2d10+勇 | 失敗した人間の卒・練分隊は1呼吸の間攻撃できず待機する | 間合1回 |
| 証拠回収 | [型] | 2 | 2d10+智≧13 | 現場の物品または文書を一つ幕府記録として封印する。以後の交渉場面で幕府優位 | セッション1回 |
| 監察剣 | [攻撃] | 2 | 2d10+勇≧防備 | 1戦力 | — |
| 文書盾 | [技法] | 予約2/即興3 | 2d10+智≧敵攻撃 | 被撃無効。成功時、攻撃者は次の社会場面で不利な記録を一つ残す | — |
特殊:
- 天下泰平の顔: 玄右衛門が現場にいる間、幕府所属または協力人間分隊の制圧力+1。ただしPCが隠蔽命令を公開的に破ればこのボーナスは即座に消える。
- 陣営基盤: 玄右衛門は[素養]密命体系を一般特技1スロットとして保有する。
玄右衛門は「良い上官」と「不便な敵」の間にいなければならない。彼はPCを必要とし、PCも彼の資源を必要とする。しかし彼が最後まで守るのは真実ではなく秩序だ。
#光と影
| 光 | 影 |
|---|---|
| 混乱を防ぎ事件を小さく収める | 被害者の名と怨みまで消せる |
| 寺社・藩の資源を結びつける | 責任の所在が曖昧で腐敗が潜りやすい |
| PCに合法的な移動と調査権限を与える | 失敗すればPCを切り捨てられる |
| 妖魔物品を統制して闇市を減らす | 統制した物品が内部から漏れ出る |
#主人公の所属として使うとき
幕府を主人公の所属として使えばキャンペーンは安定した任務構造を得る。毎シナリオごとに命令書・報告対象・回収物品・隠蔽条件を提示せよ。代わりにPCに道徳的選択肢を与える。命令に従えば秩序は守られるが被害者の怨みが残り、怨みを解けば報告書が偽りになる。
#主要な敵対勢力として使うとき
幕府が敵対勢力のときも「悪の帝国」として使わない。幕府は事件を隠すためにPCを逮捕し、目撃者を隠し、妖魔物品を回収する。その動機は天下泰平だが、方法は人を傷つける。PCが幕府と戦うときは監察を斬る戦闘よりも、記録を取り戻し目撃者を守る場面を先に組む。
#名なき組織
幕府の秘密退魔体制は一つの公式名称を持たない。公式名称が生まれた瞬間、その存在が記録に残るからだ。現場では単に「上からの命令」「文書庫奥からの指示」「寺を経て下りた頼み」として現れる。
この組織は以下の力を結びつけて動く。
| 力 | 役割 |
|---|---|
| 幕府監察 | 藩の隠蔽事件を調査 |
| 同心と岡っ引き | 都市現場と下層情報網 |
| 寺社 | 葬儀、浄化、封印、神域管理 |
| 陰陽記録官 | 古い霊界門と禁書管理 |
| カグラ藩派遣隊 | 通常の治安では対処できない武力対応 |
| 風魔系残党 | 潜入、追跡、目撃者回収 |
| エンリョ館吸収派 | 妖魔生態、交渉記録、禁断知識の解釈 |
#エンリョ館出身者の席
幕府秘密退魔体制の中にはエンリョ館出身者がいる。彼らは公式名簿に「エンリョ館」とは記されない。陰陽記録官補佐・寺社封印顧問・監察顧問・禁書分類担当のように別の名で配置される。幕府は彼らの知識を使うが、彼らの思想は信じない。
彼らはPCにとって重要な協力者になれる。妖魔の弱点、古い交渉前例、百物会が隠す名を知っているからだ。同時に彼らは監視対象だ。足利義彦が玉藻前と内通した疑いで消えた後、エンリョ館出身者には常に同じ問いが付きまとう。「お前も妖魔と取引したか?」
幕府所属のエンリョ館後裔を使うときは以下の緊張を維持する。
- 能力は確かだ。彼らがいなければ幕府は多くの門を読み解けない。
- 信頼は制限される。重要な資料は常に上官が回収するか検閲する。
- 罪悪感が残っている。同門の多くが危険分子と見なされ、一部は裏般若に流れた。
- 百物会を憎みにくい。百物会が持つ資料の一部は本来エンリョ館が守ろうとした名だ。
#PCとの関係
PCはこの体系の正式構成員でないこともある。むしろその方が良い。公式組織は動きが遅く、文書と体面に縛られている。PCはその隙間で非公式の解決者・派遣武士・寺社代理人・道場の居候・商団護衛として動く。
| PC所属 | 任務 |
|---|---|
| 幕府監察補助 | 藩の報告と実際の現場の比較 |
| カグラ藩派遣隊 | 妖魔戦闘と封印現場確保 |
| 寺社代理 | 怨みの解消、葬儀、神域浄化 |
| 浪人・道場居候 | 公式記録に残しにくい武力解決 |
| 商人・芸人情報源 | 噂と物流の追跡 |
#限界
幕府は強い。しかし現場を知らない文書、藩の体面、腐敗した役人、暗躍勢力の浸透、百物会の噂の前では遅い。この限界がPCの必要性を作る。
「看板のない役所は誰も責任を取らない代わり、誰にでも命令できる。」

