日本語版 v1.3.3 · fc-guide

#三道六心 解釈補助

目次

三道六心は性格表ではない。キャラクターが自らの選択をどんな言葉で耐えるかについての地図だ。


#導入断片 — 心が変わった瞬間

戦闘が終わったあと、誰もハルカがいつ変わったのかを言えなかった。彼は依然として同じ鎧を着ており、同じ主君の紋章を掲げ、同じやり方で報告した。

最初の変化は小さなものだった。避難民を入れようという提案を聞いて、彼は「大義のために耐えねばならぬ」と言った。二度目には捕虜の名を問わなかった。三度目には焼けた村を見ながら「記録には残す」とだけ言った。

浄土僧が彼に問うた。「その記録を誰が読むのですか。死んだ者ですか、生き残った者ですか。」

ハルカは答えなかった。代わりに鞘を整えた。その手つきは依然として端正だった。だからこそ、いっそう恐ろしかった。

GMはその瞬間プレイヤーに言った。「まだ心転が確定したわけではありません。しかし、忠が覇の言葉を学び始めました。次の選択が重要です。」

心は突然ひっくり返らない。同じ言葉を少しずつ違う意味で使い始めたとき、すでに道は傾いている。

#基本対応

coの三道六心は、すでに儒・仏・仙を基盤としている。本巻はここに、歴史的な儒教・仏教・禅宗(禪)、そして玄道側の神仙思想(仙)の解説を加える。

三道六心本巻の解釈補助
礼道 / 忠儒教的な忠、礼、義、名分が明るく作動する。
礼道 / 覇儒教的な秩序が強圧と覇権へ変わる。
空道 / 慈仏教的な慈悲、救済、往生、菩薩行が明るく作動する。
空道 / 虛空と無常を虚無と取り違え、すべての意味を手放す。
玄道 / 眞神道・道教・神仙思想・自然霊性の調和。禅宗的な無心と場面上の接点がある。
玄道 / 魔自然と神仙的超越を、弱肉強食と本能の免許として読む。
無心まだ道を見つけていないか、道を捨てたか、禅宗的修行で執着を手放したように見えることがある。

#禅(禪)をどこに置くか

禅宗は仏教だ。したがって思想系譜としては空道に最も近い。

しかし禅宗的なRPは、次の三か所と触れる。

接点理由
空道禅宗は仏教内部の修行の流れである。空、無常、解脱とつながる。
無心執着を断つ修行が、無心の場面言語と重なる。
玄道 / 眞世界の流れと一つになる描写が、自然霊性のように見えることがある。

したがって禅宗PCを作るとき、自動的に玄道へ入れてはならない。まずそのキャラクターが何を信じているかを見るべきだ。

  • 慈悲と解脱を語れば空道。
  • どの道も掴めない浪人なら無心。
  • 山、カミ、風、大地との一体を語れば玄道。
  • 主君のために禅修行を道具化すれば礼道と結合しうる。

#仙をどこに置くか

は玄道の核心言語だ。神道、道教、陰陽五行、風水、山岳修行、長生、隠者伝承がここに集まる。

ただしも、自動的に眞だけを意味するわけではない。自然の流れを尊重すれば眞だが、人間の苦しみを取るに足らぬものと見れば魔になる。

接点理由
玄道 / 眞山、星、霊脈、カミ、妖魔を一つの流れとして見る。
玄道 / 魔自然を弱肉強食としてのみ読み、人間倫理を捨てる。
礼道 / 忠良い時と良い地で秩序を安定させようとする風水・陰陽の政治的使用。
空道 / 慈山岳苦行と神仏習合を通じて苦しみを通り抜ける。
無心世俗の名を離れた隠者。まだ悟りなのか回避なのか不明である。

の核心的な問いはこれだ。

「人の道理が自然の流れと衝突するとき、どちらに従うのか。」


#同じ行動、異なる心

妖魔を斬る。

同じ行動の内面
「主君と民を守るために斬る。」
「我が秩序の外の存在ゆえに除く。」
「より大きな苦しみを防ぐため、憎まずに斬る。」
「生きても苦しみ、死んでも苦しみ。差はない。」
「この妖魔も流れの一部だったが、今は均衡を害する。」
「強い方が生き残る。」
無心「ただ斬るのみ。」

三道六心は行動を制限しない。同じ行動をどんな心でしたのかを問う。


#心転の場面を作る法

心転は心の移動だ。突然の宣言よりも場面が必要だ。

#忠から覇

秩序を守るために一度だけ例外を作る。その例外が次の命令の基準になる。ある日、自分が守ろうとした秩序が人を押しつぶしていることを見る。

場面の物: 血の付いた命令書、焼けた村の家紋、部下の「命令どおりにしました。」

#慈から虛

祈りが届かない。救った人がまた死ぬ。許した敵がより大きな惨事を作る。慈悲は維持されるより、すり減っていく。

場面の物: 名が多すぎる位牌、消えた護摩の火、手垢の付いた数珠。

#眞から魔

自然を受け入れていた心が、自然の残酷さばかりを見るようになる。妖魔が人間を喰うのも、人間が獣を喰うのも同じだと言う。

場面の物: 骨の掛かった神木、血の付いた山道、笑う天狗の羽。

#無心から道へ

何も仕えなかった者が、ある名を呼ぶ。ある死をただ通り過ぎられない。ある約束をしてしまう。

場面の物: 受け取ったことのない手紙、初めて守った墓、返せなかった刀。


#三道心鏡で見る心転の台詞

転換台詞
忠 → 覇「秩序のためなら、秩序の外の者を残してはおけない。」
覇 → 忠「私が立てた秩序が、主君の名を汚した。」
慈 → 虛「これ以上救えないなら、これ以上生まれさせぬほかない。」
虛 → 慈「この一人だけは、まだ送れません。」
眞 → 魔「山は詫びない。私も詫びぬ。」
魔 → 眞「喰うことと破壊することは、同じではなかった。」
無心 → 忠「この名だけは捨てません。」
無心 → 慈「この子の泣き声は、通り過ぎられません。」
無心 → 眞「初めて、風がどこから来るのかを聞きました。」

#GM原則

三道六心の解釈は、プレイヤーを罰するための道具ではない。良い使い方は次のとおりだ。

  • 選択のあとに付く問いとして使う。
  • NPCがPCを説得する言葉として使う。
  • 転換を提案するときは、場面と証拠を共に提示する。
  • プレイヤーが自分のキャラクターの心をよりよく語れるよう助ける。

悪い使い方は「お前は忠だから、こうするべきだ」と言うことだ。三道六心は行動の足枷ではなく、行動の背後の心を読む地図だ。


心は固定された文ではなく、次の場面で再び書かれる誓いだ。