#霊界が開かれた夜から
目次
この世界が現実の戦国時代と異なる、ただ一点。霊界が開かれた。
#いつ開かれたのか
正確な日付は誰も知らない。
ある老僧は応仁の乱(1467年)のときだと言う——京が燃えたとき、その炎の熱で境界が溶けたのだと。ある陰陽師はもっとはるか昔だと言う——霊界はいつも少しずつ開いていたが、戦国の血がその隙間を広げたのだと。
民衆の記憶には、二つの語りがある。
おばあさんの話、その一:「昔ね、私が子どもの頃は、妖魔を見たことなんてなかったよ。山に行っても、川に行っても、ただ風の音ばかりだった。それがある年の夏を境に、夜ごと遠い山から鳴き声が聞こえてくるようになってねえ。狼でも熊でもない声。あの頃からだよ。」
おじいさんの話、その一:「いや、私が子どもの頃からいたよ。村の裏の森に婆さんの幽霊がいたし、井戸からはときどき手が出てきたものだ。ただ、今ほど多くはなかった。今は多すぎる。」
真実はおそらくその中間のどこかにある。霊界は常に少しずつあり、戦国の血がその隙間をさらに広げた。だから今は多すぎる。
#人々はどのようにして知ったのか
これは一度の事件によって知られるようになったのではない。ゆっくりと、村ごとに。
ある年の春、ある村で畑を耕していた農夫が消えた。数日後、彼の死体が山で見つかった。体に傷はなく、顔は——恐怖のまま凍りついていた。老婆はそれを「神隠し(かみかくし)」——「神に隠された」——と呼んだ。天狗(てんぐ)に連れ去られて戻ってきた、ということ。最初は誰も信じなかった。
翌月には隣の村で似たことがあった。その翌月には川向こうの村で。半年ほど経つと領地全体がざわめき始めた。そこで初めて大名の耳に入る。大名は陰陽師を呼ぶ。陰陽師は山に入り、三日間祈って戻り、一言告げる。
「霊界(れいかい)の門が開いています。」
これが一つの領地における公式の発見である。日本列島全体でこの過程が数十回、数百回繰り返された。大名ごとに少しずつ異なる時期に、少しずつ異なる理由で。
#そして日常が変わった
ひとたび「霊界が開かれた」ことが公式の事実となれば、村の日常が変わる。
#夜の掟が変わる
昔は夜に出ても構わなかった。ただ暗いだけだった。今は夜に出ることが危険だ。門に鍵をかける。扉に御札を貼る。子どもたちに「夜に名前を呼ぶな」と教える。名前を呼べば、名のない何かが答えるかもしれないから。
#祭りが変わる
季節の祭りがいっそう激しくなった。昔は豊作を祈る程度だったが、今は穢れを払う意味が大きくなった。舞が長くなり、火が大きく燃え、塩がより多く撒かれる。
特に境界の季節——春・秋の彼岸(ひがん・春分・秋分の前後7日)と夏のお盆(おぼん・旧暦7月中旬)——に儀式が集中する。彼岸には此の世と彼の世が最も近づくといい、お盆には先祖の霊が戻ってくる。この時期には餓鬼(がき)も一緒に戻り、死体を求めてさまよう。だからお盆の終わりには必ず精霊流し(しょうりょうながし)——紙灯籠を川に流して霊を送り返す儀式——を行う。
#葬儀が変わる
死者の処置が重要になった。いい加減に埋めると怨霊(おんりょう)になる。僧侶が必ずお経を読まなければならない。貧しい者は読経してくれる僧侶を見つけられず——家族が自ら念仏を唱える。その家族が数週間後、死者の夢を見始める。
#旅が変わる
旅立つ者は必ず道祖神(どうそじん)の前で手を合わせる。懐に桃の枝を入れる。夜が来る前に必ず村に入る。野宿は、本当に危険なことになった。
#侍にとってこれは
侍にとって霊界の開放は、新たな敵を意味する。そして新たな仲間も。
#敵が増えた
以前は人間の敵だけを相手にすれば良かった。今は——怨霊(おんりょう)とも戦わなければならない。斬っても立ち上がるものもいれば、矢に当たっても影のように散るものもいる。すべての妖魔がそうというわけではないが、霊的あるいは非実体に近い敵と対峙すれば、いつもの刀と槍だけでは手に負えない。そこで侍は退魔の技法を身につけ、陰陽師や僧侶の力を借りるようになった。
#仲間が新たに生まれた
一方では、陰陽師・密教僧・巫女が戦場の仲間となった。彼らは刀を握らないが、彼らなしでは戦場は成り立たない。侍が槍を構えた隣で、僧侶が念仏を唱えながら立っている光景——これが戦国の戦闘陣形だ。
「昔の戦は刀と槍さえあればよかった。今の戦には御札も要る。」——ある老武将の回想
#大名にとってこれは
大名にとって霊界の開放は、新たな権力の資源を意味する。
#陰陽師・僧侶の組織化
各大名家は自分だけの陰陽師の集団、退魔僧の集団、巫女の集団を抱えるようになった。彼らは個人の信仰の領域ではなく、政治的資源である。隣国の大名より強い陰陽師を持つこと——それは、より強い侍を持つことと同じくらい重要になった。
#妖魔を利用しようとする者たち
ある大名は妖魔を利用しようとした。森の鬼と契約を結んで隣国を攻撃させたり、怨霊を育てて間者に使ったり。こうした大名はおおむね早く滅びる——妖魔は契約を裏切るからだ。だが一時は強かった。その一時のあいだに、数多くの隣国が崩れ落ちた。
「妖魔は刀であって、手ではない。しばらくは斬れても、最後にはあなたを斬るだろう。」——ある陰陽師の警告
#ひとつの情景で締めくくる
ある村の祖母が、夕暮れに孫へ話をする。
「おばあちゃんが子どもの頃は、村の裏山に虎がいたんだよ。」
「虎ですか?」
「そうさ、虎だよ。夕方になるとおばあちゃんも家の中にいたさ。虎は怖いじゃないか。」
「今は何がいるの?」
祖母がしばし言葉を止める。窓の外を見る。闇が降りてきている。遠い山から声が聞こえる——鳴き声。狼でも熊でもない、名も知れぬ何か。
「今はね。虎より怖いものがいる。」
孫が祖母の手をしっかりと握る。
「でも、おばあちゃんが御札を貼ったから心配しないでいいよ。」
戸口の御札が風に揺れる。揺れているのは御札であって、その向こうにあるものではない——今やそれが当たり前の時代だ。
