#民衆 — 百姓・商人・職人
目次
世を動かすのは侍ではない。民衆が世を養うのだ。
#三つの階級
戦国時代の階級意識は四つの層に分かれている — 後に江戸時代に士農工商という理念として制度化される、その構造の萌芽。
- 士 — 侍
- 農 — 百姓
- 工 — 職人
- 商 — 商人
侍については前の章で扱った。今章はその残りの三つ。しかしこの順序 — 農 → 工 → 商 — は現実の経済的な比重とは逆だ。実際に富は商人にもっとも集まり、次が職人、最後が百姓。身分は決まっていても、銭は正反対に流れた。
#百姓(百姓・ひゃくしょう)
#誰であるか
国の人口の8割(八割)が百姓だ。ある意味において、日本の真の主はこの者たちである。彼らが米を作らなければ、侍も足軽も飯を食えない。
#一日
百姓の一日は日が出れば始まり、日が沈めば終わる。時計はない。太陽が時計だ。
- 夜明け: 起き出して洗顔、簡単な祈り(神棚への礼拝)、朝飯(麦飯+味噌汁)
- 昼の間ずっと: 畑仕事。春は種まき、夏は草取り、秋は収穫、冬は納屋の片付け・修理・わらじ作り
- 夕暮れ: 家に戻り夕飯、子どもたちと語らい、早めに床につく
#暮らしの核心 — 村の共同体
百姓は一人では生きられない。村全体が一つの共同体だ。
- 田植え — 一軒の田んぼを村人全員が力を合わせてこなす。順番が回ってくる。一軒だけ田植えができなければ、村全体が損をする。
- 祭(まつり) — 季節ごとに村の神社に集まり祭を執り行う。氏神に豊作を祈る。酒と踊り。
- 争い — 水路をめぐって隣村と争うこともある。「水争い」は珍しくなかった。ときに人も死ぬ。
#税 — 年貢
百姓の最大の苦しみは年貢。収穫した米の50〜60%を領主に差し出す。残ったものが家族一年分の食料だ。凶作になれば — 飢える。それでも年貢は納めなければならない。
年貢を納められなければ — 土地を取り上げられる。土地のない百姓は小作農になるか、路に出る。路に出た者は二度と戻らない。
#戦のとき
戦が起これば — 通り過ぎる兵たちに食料と若い男を奪われる。ある村は蜂起する。武器は鎌と連枷(からさお)。多くが集まれば一向一揆と呼ばれる百姓一揆となる。なかには侍の軍勢を実際に打ち負かすこともある。しかし — 結局は鎮圧される。
#霊界が開いた後
百姓たちの夜は変わった。お札が家のいたるところに。門に、台所に、便所に。井戸の脇には塩を撒く。子どもたちは夕食後は外に出ない。老婆は孫娘に古いお札の束ね方を教える。祖母も母から習い、母も曾祖母から習った — ただ今のように毎日必要な時代ではなかった。
#職人(職人・しょくにん)
#誰であるか
ものを作る者。大工、鍛冶、漆器職人、豆腐職人、瓦職人、油職人 — 数多の種類がある。
#座(ギルド)
職人たちは座(ざ)という組織に属している。一種のギルド。特定の地域で特定のものを作る独占権を持つ。「京の絹織職人」は京の絹座に属している。座に属さない者が絹を織れば — 彼は取り締まられる。
しかし — 織田信長がこの秩序を破った。彼の楽市楽座政策は「市も自由に、座もなく」— 独占を解体し、誰でも商業活動ができるようにする措置。座の権力は傾き始めた。この流れは秀吉・家康へと引き継がれた。職人の世界は戦国末期から急速に再編される。
#一日
職人の一日は作業場(工房)で過ごす。代々受け継いできた技術。父から習い、祖父から習い、曾祖父から習った。
- 鍛冶 — 刀を鍛える。一日中炎の前で鉄を叩く。夏は作業場が火の地獄だ。冬はましだ。
- 大工 — 城を建てるか、民家を建てるか、家具を作る。釘をほとんど使わない。継ぎ手(組接ぎ)が技の神髄だ。
- 紙職人 — 楮(こうぞ)の皮を剥ぎ水に浸して、手で漉き上げる。一枚を漉き上げるのに熟練した手が要る。
#戦の職人
職人のなかに戦に特化した者たちがいる。
- 刀工 — 刀を作る者。戦国時代にもっとも貴重な職人。名人の刀は一振り数百石(年俸規模)。
- 甲冑師 — 鎧を作る者。一領の鎧を作るのに数か月。
- 鉄砲職人 — 1543年以降に新たに現れた職種。国産の鉄砲を作る。堺・国友・日野の三地域が中心地。
この者たちは戦があるほど豊かになる。だからこの時代には職人の中に富者が多かった。
#霊界が開いた後
職人の仕事にも儀礼が入り込んだ。刀を鍛える前に神壇に拝礼し、鎧を仕上げた後に陰陽師の祝福を受けて。ある鍛冶は妖魔を使う術を学び、自らの刀に怨霊を宿らせた。そのような刀は強いが呪われている。
#商人(商人・しょうにん)
#誰であるか
売り買いをする者。呉服商、米商人、塩売り、酒売り、装具(裝具)売り、薬屋。
#金が集まる場所
戦国時代にもっとも豊かな者は侍ではなく豪商だ。堺、博多、京の豪商たちは大名に銭を貸す立場にある。借りを返せない大名は — 豪商に頭を下げる。
#一日
商人の一日は路から始まるか、店から始まる。
- 行商 — 荷物を背負い村から村へ渡り歩く。路で食い、路で寝る。妖魔の多いこの時代、旅は危険だ。彼は道祖神に祈りながら歩く。
- 店主 — 店で客を迎える。帳面をつけ、銭を勘定し、納品を管理する。彼の家は店の奥にある。店と暮らしが同じ空間。
- 豪商 — 複数の事業を管理する。大名家と取引する。船を送り琉球・明まで往来する。南蛮船が堺・博多に入れば砂糖・ガラス・時計・煙草・革・鋼鉄・西洋の薬・地図などの珍しい品を買い入れる。茶の席で大名と共に座る。
#天下の二つの顔
戦国時代の商人には二つの顔がある。
- 公式の身分はもっとも低い。士農工商の最後。侍に敬語を使わねばならない。
- 実質の権力はもっとも高い。銭がある。大名に銭を貸す者は大名の政治に影響を与える。
堺のような自由都市は事実上、豪商たちが自治していた。大名も容易に手は出せなかった。織田信長が堺に矢銭(軍資)2万貫(二万貫)を要求して服属させるのにも数年の交渉・圧迫が必要だった。
#霊界が開いた後
商人たちにとっても妖魔は商機だった。お札、塩、桃の枝、神器を模した装飾品 — こうしたものがよく売れた。豪商たちは本物の神器を買い入れ、大名に莫大な利益で売り戻した。
ある商人は妖魔と契約することもあった。山の鬼に酒を捧げ、代わりに隠れた鉱脈を知り得た。こうした商人は短く富者になり長く不運になる。鬼は約束を守ることもあるが、結局は代価を取る。
#三つの階級が交わるとき
士農工商は公式の区分だが、実際の暮らしでは混じり合う。
- ある村の豊作祭に百姓・職人・商人がみな集まる。酒を分かち合う。
- 商人が娘を侍に嫁がせることもある。銭があれば — 可能だ。
- 職人が大量注文を受けて大金を得ると商人のように事業を拡げる。
この境界の流動性こそ、戦国時代のもう一つの隠れた特徴だ。血統がすべてを決めない時代。
#ひとつの風景で締めくくる
ある都市の夕暮れ。市が終わる。
- 百姓の一人が市で米を売り切れず、残りの米を背負って帰る。明日また来なければならない。
- 職人の一人が新たに作った刀を職人仲間に見せる。「今度はよく仕上がった。」仲間が頷く。
- 商人の一人が店の戸を閉め帳面を閉じる。今日の収益は悪くない。明日は大名家への納品がある。
三人は同じ通りに住んでいる。同じ国に住んでいる。同じ時代に住んでいる。しかし彼らの一日は異なる。その違いが戦国時代の肌合いだ。