#聖職 — 僧侶·陰陽師·巫女
目次
刀を握らぬ者たちも、この戦争で最前列に立つ。
#四つの系統
日本の聖職は大きく四つある。この時代、その四つはすべて共存している。互いに憎み合うこともあれば、協力し合うこともある。
- 仏教僧(佛教僧) — 仏の教えに従う者。大宗派がいくつもある(浄土、真言、禅、一向…)
- 神官·巫女 — 神道の聖職。神社に仕え、神と人間の間を取り次ぐ。
- 陰陽師 — 道教と神道が混ざった占術・呪術の専門家。公式の官職(陰陽寮)に属することもある。
- 山伏 — 山岳修行者。神道・仏教・道教が混ざった修験道の行者。
その下にさまざまな者たち — イタコ(巫女・霊媒)、陰陽師の助手、流れ者の僧侶、果ては偽の僧侶。
#仏教僧 (佛教僧)
#大きな三つの流れ
この時代の日本仏教は大きく三つ。
- 浄土宗·浄土真宗(浄土真宗·一向宗) — 阿弥陀仏に念仏。民衆の信仰。最も広く普及した大衆仏教。一向一揆蜂起の基盤。
- 真言宗·天台宗 — 密教 — 曼荼羅、真言、結印。退魔と呪術の仏教。高野山 と比叡山 が大本山。
- 禅宗 — 臨済宗·曹洞宗 — 瞑想(坐禅)。無の境地。武士階級の仏教。茶道・生け花・剣術と結びついている。
大名によって好む宗派が異なる。織田信長は一向宗を潰滅させようとし、武田信玄は禅宗を愛した。
#一日
大寺の僧侶の一日:
- 夜明け4時 — 起床。念仏。冷水で洗顔。
- 5〜7時 — 朝の修行。経典の読誦。
- 7〜8時 — 朝食(粥・野菜)。
- 8時〜午後 — 掃除・勉強・信者の相談・退魔の儀式・巫女との合同儀式など。
- 午後 — 個別の修行。坐禅または念仏。
- 日没 — 夕食。
- 夜 — 最後の念仏。就寝。
小さな寺の僧侶はずっと忙しい — 村人たちの葬儀、結婚、新たに生まれた子の命名、病人の祈祷まで、すべて彼が行う。
#僧兵
驚くべきことに — この時代の一部の寺院は軍隊を抱えている。比叡山が代表。僧兵と呼ばれる武装した僧侶が数千人。彼らは薙刀 と弓を持つ。
織田信長が1571年に比叡山を焼いたことは有名だ。数千人の僧兵と非戦闘員の僧侶すべてが死んだ。「仏教の寺院を焼いた」ということが当時の巨大な衝撃だった。
一方、高野山 は別の道を歩んだ。真言宗の本山、深い山中の寺院。戦国の混乱の中で概して軍事的中立を保ち、敗れた大名家の避難所となった。ただし織田信長と豊臣秀吉は例外だった。信長は1581年に高野山を攻撃し、秀吉は1585年に高野山焼却を試みた。それでも大多数の勢力にとって高野山は、その神聖性と、そこに積み上げられた中立ネットワークがどこでどのように働くかわからないという点から、うかつに手を出しにくい場所だった。
そして最も特異な例 — 加賀の一向一揆王国。浄土真宗の信徒たちが一国全体を大名なしに治めた100年間の自治共同体。「百姓の持ちたる国」と呼ばれた。織田信長が1576〜1580年の石山戦争と連鎖討伐でこの王国を崩すまで、加賀は宗教がすなわち政治という稀有な事例だった。
#退魔の儀式
霊界が開いてから密教僧の役割が大きくなった。不動明王の名で念仏を唱え、曼荼羅を描いて妖魔を封じ、護摩 — 火に木を燃やして祈る儀式 — で不浄を祓う。
ある寺の護摩の火は夜通し消えない。その火の前に病人たちが座って念仏を唱える。密教僧は彼らの体に憑いた妖魔を火の煙で引き剥がす。効果がある者も、ない者もいる。効果がなければ — その者は死ぬか、狂う。
#神官と巫女 (神官·巫女)
#神社に生きる
神道の聖職は神社 に属する。神社の主格は神官(神官·神主) 、その下に巫女(巫女·ミコ) が補佐する。
神官は通常血統で継がれる — 父から息子へ。代々特定の神を祀った家。伊勢神宮の神官は特定の血統しかなれない。
巫女は血統であることもあれば、募集されることもある。若い女性が神社に入り、数年間修行した後に巫女となる。白い着物に赤い袴。頭には白い紙の飾り。
#一日
- 夜明け — 神社の掃除。水を汲んで手水舎 を満たす。桃の枝を新しいものに替える。
- 朝 — 神に神饌 を捧げる。飯、塩、水、酒。神官が祝詞を読む。
- 昼 — 参拝者の応対。子の命名の儀式。結婚式。神社の修繕。
- 夕方 — 夕の祭儀。火を一つ灯す。
- 夜 — 静寂。神社は静まり返る。巫女は眠らず神の声を聞く(ある伝承ではそのように信じられている)。
#神懸かり
巫女の特別な才能は神を体に宿すこと。意識的に意識を空にし、神が自分の体を借りて語らせる。この状態で巫女が発する声は — 巫女自身の声ではない。神の声だ。
大名家の重要な決断の前に、家の巫女がこの儀式を執り行う。戦に出るか否か、どの女と婚姻するか、誰を次の後継者にするか — こうした決断が巫女の口を借りた神の言葉によって決まることが多い。
#村の巫女
大神社の巫女と村の巫女は違う。村の巫女ははるかに貧しく、はるかに忙しい。子が病めば駆けつける。老人が死ねば葬儀を助ける。嫁になる女の髪を結ってやる。彼女は村の霊的な母だ。
霊界が開いてから — 彼女の最大の仕事は御守を書くこと。毎晩数十枚の御守を書く。村人たちが一枚ずつ持ち帰って家に貼る。彼女の御守は高価な密教僧の御守より弱いが — 彼女だけが毎日渡す。だから人々は彼女を頼る。
#陰陽師
#特異な階層
陰陽師 — 道教の陰陽五行思想と日本神道、密教が結合した呪術の専門家。律令制時代の陰陽寮 という国家機関に属した官職だった。
しかし — 戦国時代に至ると陰陽寮は形式だけが残った機関。朝廷の実権はずっと以前に崩れ、陰陽道の実質的な継承は大家門の世襲で続けられた。平安時代の安倍晴明 が伝説の陰陽師として有名。その子孫が土御門家 と呼ばれ陰陽道の宗家を維持。大名たちはこの家から人を招くか、自分の領地の流れ者陰陽師を雇った。
#一日
大家門陰陽師の一日:
- 星の観測 — 天文で吉凶を占う。
- 結界 — 屋敷や城に結界を張る。
- 式神(式神·シキガミ)の使役 — 紙の御守で式神を使う。小さな霊が御守の命令通りに動く。
- 大名への助言 — 重大な決断の前に大名が占いに来る。陰陽師は星と占いを総合して答える。
#民間の陰陽師
大家門の陰陽師のほかに — 流れ者の陰陽師がいる。村から村へ渡り歩いて占いをし、御守を売り、失くした物を探してやる。彼らの中には本物もいれば詐欺師もいる。一般人には見分けがつかない。
#戦場の陰陽師
霊界が開いてから陰陽師の戦場での役割が大きくなった。出陣前の結界を張り、戦場の怨霊を封じ、敵軍の呪術を見抜く。彼らは刀を握らないが — 戦場の結果に大きな影響を与える。
有名な例:川中島の戦いで上杉側の陰陽師が結界を張り、武田側の矢の雨の命中率を下げた — 伝承。事実かどうかはわからない。
#山伏
#山に生きる者
修験道 の行者。神道、仏教、道教が混ざった山岳修行の宗教。山伏は山に入り修行する。一度山に入ると数ヶ月、時に数年。
#身なり
- 頭に小さな兜巾(兜巾·頭巾)
- 結袈裟 という首の帯
- 白い衣
- 背に法螺貝(法螺貝·ホラガイ) — 山で互いに合図するときに吹く。
- 手に錫杖 — 鈴の付いた杖
彼らの姿は一度見れば忘れられない。山から下りてくる山伏の法螺貝の音は、村人たちの季節の感覚となった。
#熊野
山伏の中心地は熊野 — 紀伊半島。熊野古道 という巡礼路がここを通る。この道を歩くことが修行の頂点。
#妖魔と近しい
山伏は妖魔と最も近い聖職者。山に長くいるから — 妖魔をよく見る。ある山伏は天狗と友になる。ある山伏はみずから天狗に似ていく — 鼻が長くなり、体に翼が生えるという伝承。
実際に効果があるかどうかに関わらず、民衆は山伏を霊的な力が強い者として扱う。村に難しい問題が起きると — 山から山伏を呼び下ろす。
#互いの関係
この四つの系統は共存しながら競争する。
- 寺院 vs 神社 — 一つの村に寺院と神社が両方あるとき、誰が葬儀を受け持つか。民間では概して寺院が葬儀、神社が命名·婚礼。境界が曖昧なことが多い。
- 陰陽師 vs 僧侶 — 大名への助言を巡って競争。ある大名は陰陽師を信頼し、別の大名は密教僧を信頼する。
- 山伏 vs 全員 — 山伏はすべてと混ざる。寺院の修行にも行き、神社の祭祀にも参加し、陰陽師と呪術を分かち合う。境界の存在。
#一つの風景で締めくくる
ある山あいの村に疫病が流行った。
村人たちは必死だった。巫女を呼んだ。巫女は毎日御守を書いた。効果は大きくなかった。 僧侶を呼んだ。僧侶は護摩を焚いた。効果は大きくなかった。 陰陽師を呼んだ。陰陽師は結界を張った。効果は大きくなかった。
最後に — 山伏が山から下りてきた。彼は村をひと回りして、井戸のそばに座った。人々に言った。
「病の原因はこの井戸だ。井戸に妖魔が宿っている。」
彼が山から持ってきた薬草を井戸に撒いた。井戸が数日間黒く変わった。その後 — 澄んだ。疫病が止まった。
人々が尋ねた — 「それは何でしたか?」山伏は微笑んで答えた。
「私にもよくわからない。山が教えてくれる。」
この答えが — この時代の聖職全体の態度を要約する。知らないものの前で、儀礼を捧げる者たち。答えを知ることではなく、答えを探すための身振りだ。
