#見聞 1 — 西海
目次
権威。 本文はFiction-Only — ある外人の記録であり、事実と噂と誤解が入り混じる。話者が何者かは話者 — 南蛮の筆に、この書全体の約束はこの書についてにある。末尾の「卓にて」のみScene Tool。本巻に法はない — 数値が必要なら正典
coへ行く。
扱う旧国(舊國) — 筑前・筑後・豐前・豐後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩、そして海の二つの島 — 壹岐・對馬。

#旅路 — 陸に上がった日
ピントの日記より — 上陸。
潮が我らを呼んだ。夜明け前に艀が下ろされ、私は帳面と秤を入れた櫃を膝に抱えて座った。櫓が水を切るたびに港が近づいた — いや、港の匂いの方が先に来た。港にはそれぞれ自分の匂いがある。我が故郷の波止場は塩と香料の匂いがするのに、この港は干潟と木の焼ける煙、そしてその下に甘い匂いのようなものが敷かれていた。後に知ったことだが、それは寺で焚く香だった。
我ら船乗りはこの港をピランド(この国の言葉では平戸)と呼ぶ。私はこの国に来たのだから、これからはこの国の名で記すことにする。
足場を踏んで陸へ降りると脚がふらついた。二月余り船に乗った者の脚は陸を疑う — 揺れているのは地ではなく私だと頭ではわかっていながら、しばらくの間そうだった。この国で私が最初にしたことがよろめいたことだということを、隠さずに記す。
波止場にはすでに人が集まっていた。網を繕っていた手が止まり、荷を背負っていた背が振り向き、子どもたちが最前列へ割り込んで出てきた。いちばん勇敢な子どもが一人近づいて私の袖口を触って逃げた。二人目の子は髭だった。三人目からは列を成しているようだった。
「笑ってあげてください。」舌が言った。「髭が怖いのではなく珍しいのです。怖がるようになるのは大人たちの方が早いです。」
果たして大人たちの眼は二つに分かれていた。半分は私の櫃を見ていた — 何を売りに来たのか — 半分は私の顔を見ていた — 何を連れて来たのか。港の眼は算をし、港の裏の眼は警戒をする。初日に学んだ算にしては値打ちのある算だ。
刀を差した男たちが通り過ぎた。二人ずつ、三人ずつ — 腰に長い刀と短い刀を重ねて差し、道の真ん中を歩く。我らと違い、この国では刀が軍人の道具ではなく身分の衣だ。誰に仕える刀かは旗が語ってくれると舌が告げた。
商館の取引先だというこの港の商人が出迎えに来た。挨拶に帽子を脱ごうとすると舌が私の肘を押さえた。「帽子ではなく腰です。」私は腰を屈めた。相手がもっと深く屈めた。私がもっと屈めると相手がまた屈めた。この国の挨拶は値引きのようなもので、先に止まる方が上になる — 聞いた話だ。私は最後まで負けてやった。最初の取引で負けてやるのは商売の古い法だ。
市場を過ぎた。床店に我らの船が下ろした荷がすでに上がっていた — 中国の生糸(生絲)の束、玻璃の玉、時計が一つ。時計の前に人がいちばん多かったが買う者はいなかった。「値を尋ねる値は只なので。」舌が言った。良い市場だ。値を尋ねる者の多い市場は生きている市場だ。
そして銀を見た。両替の床店で男が二人、銀の欠片を秤にかけていた。切って使う銀 — 光が鈍く重く、掘りたての気配が抜けきらない銀だ。櫃の中の私の秤が震えるようだった。商人の迷信だ — しかし良い迷信だ。
刀は — 私の護衛のことだ — 一日中口を開かずにいたが、宿の床に腰を下ろしながら一言言った。「港の割に刀が多いな。」どういう意味かと問うと、「売れる品が高いという意味だ。」と言った。
夜に横になると床が揺れた。船の癖が残った体が揺らしているのだろうと思って眠った。朝に舌に話すと、舌が初めて困った顔をした。「昨夜は — 本当に少し揺れました。」
最初の章に記す。この国の門は西へ開いている。私はその門から入った。私が見たものだ。
#事実の地 — 火と風と煮える谷
この国の人々はこの大きな島とその周りの海を西海 — 西の海 — と呼ぶ。都(京都)から見て西だという意味だ。私は逆に西から来たので、私にとってはこの地がこの国の最初の章だ。私は平戸に降り、古い商いの港博多を過ぎ、豐前の海岸に沿って豐後の府内まで歩いた — 荷と関所に縛られた行列の歩みゆえ、一日に六里か七里を越えられなかった。里の感覚は用語・度量衡辞典に、関所と寝床の実務は街道と旅に委ねる。
#火の山
豐前から豐後へ越える峠道で初めて見た。遠く内陸の山並みの上に煙の柱がまっすぐに立っていた — 雲は風に靡くのに、それは靡かなかった。山火事かと問うと舌が首を振った。「山が息をしているのです。」山が煙を上げるのを私はその日初めて見た。私が見たものだ — そしてその夜の日記の字が普段より大きかったことも記しておく。
内陸の深い所には阿蘇という山があるという。山頂が大きな釜のように窪んでいて、その釜の中に村と野と道が入っているというのだ。山の中に国があるという話を私は初め、通訳の誤りだと思った。聞いた話だ — ただし三人に別々に聞き、三人の言が同じだった。
南の端の港の沖には櫻島という火山島があり、灰が雪のように降る日があるという。その土地の人々は灰が降ると傘をさして市に行き、風の向きを見て洗濯物を干す側を変えるというのだ。災いの傍らで市に行く人々 — これも聞いた話だ。そしてもう一つ、商人の眼で記しておく。火の山の麓の土は黒く肥えている。恐ろしいものの傍らに良いものがある算は、どの国でも同じだ。
#大きな風の通り道
この地は夏の終わりの大きな風が海から上がってくるとき、最初に受ける通り道だ。港の屋根ごとに石が載せられ、船を陸へ引き上げる受け木が波止場ごとに積まれている — 私が見たものだ。我らと違い、この国の人々はその風を変事ではなく節気のように数える。風の月が来れば船賃が上がり、風が過ぎれば下がる。相場表がそのまま暦という算だ。何年かに一度は風が港の算を越えるという話も聞いた — 船が屋根の上に乗り上げ、屋根が海に浮かんでいたという。聞いた話だ。聞く私の顔を見て船乗りたちが笑ったので、膨らませた値がいかほどかは彼らだけが知る。
#煮える谷
豐後の府内から遠からぬ山の麓に、谷一つがまるごと湯気を上げる所がある。地が煮える。泥が釜の粥のようにぐつぐつと泡立ち、池が一つは血のように赤く、岩の隙間ごとに湯気が漏れて口笛の音を立てる。この国の人々はそこを地獄と呼ぶ — そしてその地獄の傍らに村を建てて暮らす。我らならば悪魔の釜と呼んで十里を回って避けたであろう。彼らは地獄と呼んでおいてその湯に病人を浸し、その湯気で芋と卵を蒸して食べる。私が見たものであり — 食べたものだ。味については、地獄の割に大人しかったとだけ記す。
#港の算 — 南蛮貿易
ここからは私の本業だ。膨らませずに記すよう努める — 本業ほど膨らませるのが商人ではあるが。
西の港は一つではなく幾つもあり、港ごとに顔が違う。平戸は我らの船と中国の船が出会う港だ。府内は内海 — 瀬戸内海 — の入り口ゆえ、都へ入る荷がここで船を乗り換える。南の端の鹿児島は琉球と南方航路の港だと聞いた — 私はそこまで行けなかった。
入ってくるものを記す。第一が中国の生糸だ — この国は絹を愛するのに自らの手で紡ぐ糸が足りない。その次が鉄砲と火薬、玻璃、時計、葡萄酒、ラサ(毛織物)、香料と薬剤。出ていくものを記す。銀だ。そして銀であり、また銀だ — その傍らに刀と漆器と、火の山が出す硫黄が積まれる。この国の船はまだ遠い海をうまく渡れず、中国とこの国の間を我らの船が運ぶ。海一つを挟んで互いに欲しがるものがこれほど綺麗に食い違うことは商人の夢だ — 絹を欲しがる銀の国と、銀を欲しがる絹の国の間で、我らは櫓を漕ぐだけで両側から儲ける。
値引きは三人でする。私と向こうと、その間の通事。値は口より筆が先に記して見せ、記した値は反故になる法がない。そしてその銀がどこから来るのかと問うと、港の商人たちは東の山の名を挙げた。私はその山を見に行くだろう — その話は次の章のものだ。
#人と風俗 — 門の内の二つの顔
港で私は歩く店だった。半日峠を越えると、私は歩く噂になった。
港の人々は外人に慣れている。髭を見て驚かず、値を呼び、釣りを算え、買わなければ次の客を見る。ところが同じ国(國)の中で峠を一つ越えると、南蛮人を生まれて初めて見る村が出てくる。子どもたちは近づき、大人たちは戸を半ば閉じ、老人たちは寺へ行く — 御札をもらいに。ある村では私が通り過ぎた後、道に塩を撒いたという。聞いた話だ — 舌がしばらく躊躇ってから訳してくれた。
貪欲と恐怖が一人の中に住むのも見た。昼に私の玻璃の玉の値を尋ねた商人が、夕にその玉を寺へ持って行って香を焚きしめてきた。値は翌朝に残りを値引きした — 香を焚きしめた玉だから値を下げようというのが向こうの言で、香まで焚きしめたのだから上げようというのが私の言だった。我らと違い、この国の人々は欲しいものと恐れるものをあえて分けない。恐れながら買う。買いながら恐れる。
言葉は品より足が速い。我らがパンと呼ぶものをこの港でもパンと呼んだ。鉄砲が入って40年 — 品とともに渡ってきた言葉がすでに市場の言葉になっていた。十字架を首にかけた船乗りと御札を笠に貼った船乗りが一つの船で櫓を漕ぐのも見た。海の前では信仰は減らずに増える法だ。
北の海には二つの島がある — 壹岐と對馬。私はその道を行けなかった。ただ平戸の波止場でその島の船乗りたちに会った。彼らはこの国と海を渡った国の間に住み、両国の言葉を皆話し、両国の銭を皆受け取った。品と言葉と噂がその島々で船を乗り換える。一人が私に海を渡って来た木綿を一反見せてくれたが、織りが細かく算が正直な布だった — 海峡に住む者たちは、どの陸の法も半分だけ聞く代わりに、秤だけは両方のものを揃える。それが島の法だという。
#混世の地 — 鉄砲が入った門
この地を記しながら欠かせない算が一つある。鉄砲がこの国に入ったのが40年前 — その門がまさにこの西の海だったということだ。
聞いた話はこうだ。我らの方の船が南の一つの島に着いて鉄砲を売り、その島の若い領主が大きな値を払って二挺を買い、一挺は撃つ法を学び、一挺は鍛冶に与えて同じく作れと命じたという。40年前の話は聞いた話だ。しかし朝ごとに港の裏の砂浜で鳴る銃声は私が聞いた音だ。今この地の鍛冶は我らの品を見て学んだ品を作り、市場には今や彼らの鉄砲が我らのものより多い。商人として苦笑とともに記す — 品を売った者は一度儲け、作る法を覚えた者は最後まで儲ける。我らは一度儲けた。
南蛮の品が行く道もここから始まる。西の港に降りた荷は内海を東へ遡って堺へ行き、堺から都へ上る。これらの港が門なら堺は蔵だ — そして蔵の主たちは門まで出て来ている。堺座という商人たちの結社がそれだ。港ごとに彼らの人が来ていて、我らの荷が陸に着く前に値が先に決まっていることが多かった。海を渡って来たのは我らなのに相場は彼らが握る。悔しいので記しておき、学ぶことなので二度記す。
外人たちの話も記さねばなるまい。港には我らのような者たちが集まって住む — 船員、商人、そしてパードレたち。パードレたちは品ではなく信仰を扱う。港の領主たちの中には南蛮の品とともに南蛮の神まで入れた者がいると聞き、寺の鐘の音と新しい信仰の祈りが一つの港で一緒に聞こえるのは私が聞いた音だ。その二つの間の空気が常に穏やかではないということも、一つの港で感じた — 感じたことだと記す、見たことではなく。
港の裏の野では旗がよく変わるという。この大きな島の領主たちは互いに長く争ってきており、今も争う — ただし港の領主たちは海の利を知るゆえ、争いが波止場まで降りて来ることは稀だと聞いた。稀だということで、ないということではない。私が平戸を発った日にも、どこかの国境の関所が閉じたという噂で荷担ぎたちの賃が上がった。
編者注:鉄砲が南の島に着いたのが40年前だという算は正典年表と同じだ — ピントの数のうち最も正直な数だ。そして正典はこの地を外人の故郷と呼ぶ。南蛮の技術や信仰を抱えて卓に着くPCなら外人として生まれ、これらの港のどこかで第一歩を踏み出したはずだ。この圏域の勢力と産物の算は戦国の地が握る。
#霊異の地 — 海が運んで来るもの
平戸から府内へ行く道の一区間を我らは船で行った。その二日目の夜の出来事を記す — どちらに記すべきか今もまだ定められぬまま。
霧が降り、船頭たちが一斉に口を閉じた。櫓を漕ぐ音だけが残った。やがてその音も止まった — 船頭頭が手を上げたからだ。長いこと、船の底で何かが板を一定に叩いた。とん、とん、とん。波はそんなふうには叩かない — 波の音なら私も二月聞いた。船頭頭が船端に米を一握り撒き、音は止み、霧は一食頃の後に晴れた。その夜見たものはない。聞いたものは — 音だ。この文をどの約束の下に記すべきか、私はわからない。
陸に降りた後、船頭たちに酒を奢って聞いた話を記す。海霧が濃い夜には水面が山のように立ち上がるものがあるという — 海坊主と呼ぶ。見ても声を出すな、問われても答えるな、桶をくれと言われたら底を抜いた桶を渡せと言われた。水に死んだ者たちが船端に集まって水を汲んでくれとせがむものもあるという — 舟幽霊と呼び、彼らには底のない柄杓を渡すというのだ。果たして港の雑貨店で底のない柄杓を売っていた。私が見たものは妖魔ではなく柄杓だ — ただ柄杓は本物であり、港ごとに売れていた。商人は品より品が売れる理由を信じる。水平線に長く横たわる影を見れば数日のうちに大きな水が来るという話もあった — それは名をアヤカシといった。船乗りたちはそれと戦わない。読む — 天気のように。
陸とて変わらない。煮える谷の釜ごとに小さな祠が立っていた。寺の老僧に問うと、地には血脈があり — 総論に記したあの霊脈(靈脈)の話だ — この地ではその血脈が肌近くを通って煮えるのだと言った。火の山も、赤い池も、その血脈が熱くなった場所だというのだ。総論で私は何かがある場所として深い山、古い峠、霧の立つ水辺の三つを記した。この地で四つ目を加える — 地が煮える所。
そして南の噂がある。これは他の噂とは結が違うので別に記す。南の海から上がって来た老いた船頭たちが新しい禁忌を作っていた — ある水路には晦日に出ない、ある島には船を着けないという。理由を問えば答えはなく、答えの代わりに聞いたものはこういうものだ。漁船が空のまま戻って来た — 網は揚げられ、飯は半ば食べかけのまま。鳥が鳴かない島ができた。南の黒い水路を遡って何かが上がって来る。この国の妖魔にはたいてい名がある — 名があるということは長く見て来たという意味だ。南のものには名がない。禁忌が新しく生まれるということは、何かが新しく来たという意味だ。
港の裏の寺の老僧が私の櫃を長く見てから言った一言でこの節を結ぶ。「南蛮人よ — 船は人と荷だけを載せて来るのではない。」私はその言葉を数日後にようやく日記に移した。すぐ記すには、その夜のとん、とんという音があまりに近かった。
編者注:南の噂に正典はまだ名を与えていない — 戦国の地が「南方から上がってくる未知の妖魔」と記しておいたまさにその場所だ。名と顔を定める手はGMのものであり、既存の妖魔に南方の顔を着せる早道は既存妖魔変形索引にある。ピントが船の底で聞いた音が何であったかも — 同じ手が定める。
#卓にて
Scene Tool. この節のみGM用の場面道具だ。
西海のキャンペーンは港で始めるのが最も速い。港は依頼が集まる所だ — すべての船が事情を載せて入って来て、すべての事情には荷主がいる。この地のテーマは四つだ。海上貿易とその陰の密輸、異国の文物が起こす事件、寺と新しい信仰の緊張、そして未知の妖魔との初遭遇。どちらであれ一行の中に外人が一人いれば場面はひとりでに転がる — ピントがそうだったように、外人は立っているだけで事件になる。
戻らない南蛮船。 南の航路の南蛮船が一隻、期限を二月越えた。商館は船を探し、領主は積まれていた鉄砲を探し、パードレは乗っていた人を探す — 三つの依頼が同じ船を指すが同じものを探していない。そして漂流物が着いた浦は、水路の算では着けない所だ。原因を海の妖魔につなげたければ本格的な海上戦と交渉の枠は正典竜宮の沈黙が握る — 原因を南の名のないものに置きたければ、答えを定めない方が長く恐ろしい。
禁制の貨物。 港の蔵の奥の櫃一つに領主の封印と寺の御札が一緒に貼られている。下ろした船は去り、買うと言った者は現れず、蔵番は夜ごとに痩せていく。一行はその櫃を守れと雇われるのか、開けと雇われるのか — 同じ報酬で二つの依頼が同時に入ればなお良い。
煮える谷の祠。 谷で最も熱かった釜が冷め始めた。里の人々は喜ぶのに、釜の傍らの祠を守っていた老僧だけが荷をまとめる。「煮えるのは蓋が押さえられているという意味だ。」ならば冷めるのは — 霊脈の熱がどこへ漏れているのか、その下で何がもう押さえられていないのかを辿る話だ。
消えた通事。 港にただ一人の南蛮通事が消えた。南蛮商人は言葉を失い領主の取引は止まったが、通事が最後に訳した言葉が何だったかをめぐって三人の証人が三通りに言う。言葉の間で人が消えたのだから、言葉の間を歩ける者が探さねばならない。
南から来た漁師。 数日漂流した漁師が自分の浦に戻って来た。何を見たかと問う者に彼は口を開かない — ただ彼が戻って来てから、その浦の犬たちが海に向かって吠えない。吠えるのをいつ止めたのかは誰も正確に言えない。未知の妖魔との初遭遇は妖魔なしで始めるのが良い — データはなく、必要になる日の道は上の編者注にある。
道の上で転がす小事件が必要なら旅路の事件を、この圏域の遭遇傾向と勢力の算は戦国の地を開く。話者の次の歩み — 内海を東へ — は山陽・山陰にある。
この国の門は西へ開いている — その門から入って来たものを全て数えたとは、どの帳面にも記されていない。