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#見聞 3 — 四国 (四國)

目次

権威。 本文はFiction-Only —— ある外人の見聞であり、事実と噂と誤解が入り混じる。末尾の「卓にて」のみScene Tool。本巻に法はない —— 数値が必要なら正典へ行く。この書全体の約束はこの書についてに、この日記を記した者は話者にある。

扱う旧国:阿波 · 讚岐 · 伊豫 · 土佐 —— 名と区画の本表は交差表が握る。旅程の前章は山陽・山陰、次章は紀伊だ。

四国見聞図


#旅路 — 白い衣の船

ピントの日記より。山陽の港を発ち、島へ渡る朝。

船に乗ると白い衣が満ちていた。二十人あまりが揃って白く装い、船端に列をなして座っていた。私は舌に問うた。「葬いでもあったか。誰が死んで船一艘がまるごと喪服なのだ。」

舌が笑いを噛み殺した。「巡礼者です。あの島を巡る人々ですよ。遍路と呼びます。」

我らと違い、この国の人々は白い色を死の色として着る。ところが舌の言うには、巡礼者の白い衣はまさにその死の衣で間違いないという。道で死んでもよいという装いで発つのだと。死ぬ支度を整えてから出る旅だと —— 私はその言葉を帳面のどの欄に記すべきかしばらくわからなかった。

船が出ると鈴の音が始まった。巡礼者めいめいが杖に小さな鈴を付けており、船が揺れるたびに二十の鈴が一緒に鳴った。刀が目を閉じたまま言った。「あの音がする間は私の仕事はない。」どういう意味かと問うと、鈴とは生きているものにも生きていないものにも己の在処を知らせる音だと言った。隠れる肚積もりの者は鈴を付けない。

傍らに座った巡礼者は歯のすっかり抜けた老人だった。どこまで行くのかと問うと、老人は島のほうを指して「巡る」とだけ言った。どこに着けば終わるのかと問うと、終わる所はない、発った所に戻れば仕舞いだと言った。

私は我らの国の巡礼を思った。我らの巡礼者は聖人の墓に着けば泣き、祈り、家へ帰る。道は聖地のためにある。ところがこの島では着く所が別になく —— 道がすなわち聖地だ。同じ所を巡る歩みがどうして功徳になるのか。私はまだわからない。

老人の笠には字が記されていた。舌が読んでくれた。「二人で行く —— 同行二人と記されています。」連れがいるのかと問うと老人はいないと言った。ならば二人とは誰か。「お大師様。」老人が言った。「一人で歩いてもお大師様が共に歩いてくださる。」

大師とは誰かと問うた。昔この島を初めて一巡りした大きな僧で、今も道の上のどこかを歩いておられると言った。死んで久しい人がどうして歩くのか —— と問う代わりに私は口をつぐんだ。商人は他人の元手を腐さぬものだ。まして、その元手が人の歩みを支えてくれるものであるならば。

真昼に島が見えた。遠くから見た島は一面の山だった。青い背骨のような山並みが中央を横切り、国々はその背骨に背を当ててめいめいの海に向かって座しているという。

船乗りの一人が私の傍らに来て、外人によいことを教えてやろうという顔で言った。「あの島には狐がいません。」狐が恐ろしい獣かと問うと彼は首を振った。「狐が渡って来られなかったのです。狸たちが渡しを守っていて。」そうして己の冗談に己で笑ったが、笑いの終わりが少し短かった。

日の暮れる頃、伊豫の港に降りた。埠頭で巡礼者たちは海に向かって礼をし —— 何に礼をするのか私は見なかった —— 鈴を鳴らしながら道へ散っていった。同じ道を、同じ方向へ。

帳面に記す。この島の第一印象は二つだ。山が中央を塞いだ島。そしてその山裾を白い衣の人々が環のように巡る島。なぜ巡るのかは —— 聞いた話がいくつもある。一つずつ記してゆく。


#事実の地 — 背を合わせた四つの国

#山が中央を塞いだ島

この島には旧国が四つある。四つは隣というより背を合わせた他人だ。中央の山並みが高く険しいので、一つの国から別の国へ行くには海を回るか山を越える。山道一里は野道三里の値をする —— 私が歩いてみたことだ。里と町の感覚は用語・度量衡辞典を傍らに置けばよい。

同じ島なのに峠一つを越えると言葉が変わった。枡も変わった。枡が国ごとに違うのはこの国のどこでもそうだが、一つの島の中で四つが皆違うのはここで初めて見た。商人にとってこれは地図より正確な国境だ。

旧国位置日記の一行
伊豫西、瀬戸内海港と島と古い湯。船路の国 —— 私が降りた門だ。
讚岐北、瀬戸内海雨に吝い空。人々が地を掘って空を貯える。
阿波東、狭い水路海が渦巻く入り口。藍色の染料の国 —— 私が発った門だ。
土佐南、大きな海黒い大きな海と真っ直ぐな人々。島の背の裏側。

#二つの海

この島は海を二つ持った。北の瀬戸内海は島々に抱かれた水ゆえ湖のように飼い馴らされている —— 船が畑を耕すように行き交う。南の土佐の海は遮るものが何一つない大きな海だ。水の色からして違う。北の水が青いなら南の水は黒い。土佐の船乗りたちはその海の中に黒い川が流れていると言う —— その川に乗れば船は飛ぶように東へ行き、誤って乗れば二度と陸を見ないと。聞いた話だ。ただし三つの浦の船乗りが同じ川を口にした。

阿波の東の入り口では海が渦巻く。狭い水路を二つの海の水が出入りして互いにぶつかるのだが、潮時が合えば船の上でも渦の鳴く音が聞こえる。その入り口を渡れば紀伊だ。

#乾いた空と掘った湖

讚岐は雨が少ない。南の雨を中央の山並みがすべて受け止め、野には乾いた空ばかりが越えてくると聞いた。野は広いが川は短く性急で、雨が降れば半日のうちに海へすっかり逃げてしまう。

そこで人々が池を掘る。我らと違い、この国のこの野の人々は旱を天に祈るばかりでなく地に刻んでおく。村ごとに池があり、大きなものは小さな湖ほどある。誰が掘ったかと問えば「祖父の祖父」と答える —— この野で池は蔵であり、系図であり、城壁だ。池の傍らには決まって小さな祠があって水の神を祀る。掘ったのは人なのに神が税を取る勘定だ —— と記したが、旱の年に水口を巡って村同士が鎌を取ったという話を聞いてその戯れを消した。水が刃になる野では神であれ傍らに立てねば勘定が終わらないのだ。

商人の眼で一つ記す。池の数を数えればその野の米を勘定できる。池の多い野は勤勉な野であり、勤勉な野は恐れの多い野だ。富と恐れが同じ窪みに溜まっていた。


#人と風俗 — 巡る人々と留まる人々

#環の道

島の外周に沿って寺と祠が節のように置かれている。霊場(靈場)と呼ぶ。巡礼者たちはその節を順に踏みながら島を巡る。みな何ヶ所かと問うと答えがまちまちだった —— 寺で数える数と道で数える数が違い、同じ寺でも問う僧ごとに違った。数の曖昧な帳面は商人を不安にさせる。この勘定の奇妙な事情は後に記す。

巡礼者の装いはどこでも同じだ。白い衣、笠、鈴、そして杖。杖を彼らは杖と見なさない —— 大師が共に歩く身と見なす。一日の歩みが終わると己の足より杖の先を先に洗って床に祀る。我らと違い、この国の人々は最も貴いものを手に提げて歩きながら、それを道具と呼ばない。

道で死ぬ巡礼者もいる。白い衣はもともとその支度だと言った。死ねば道端に埋め、杖を墓に挿して墓標とし、鈴は共に埋める。道を歩いていると杖の挿さった小さな塚を一日に何度も過ぎる。初めは一つひとつ帽子を脱いだが、三日目からは数えきれずやめた。私が見たものだ。

#差し出す手

この島の道端の人々は巡礼者に只で差し出す。握り飯を、草鞋を、軒下の寝床を。受けた巡礼者は礼一つと己の名を記した小さな紙一枚で返し、家の主はその紙を門柱に貼る。巡礼者の祈りが家を守ってくれると信じるのだ。

我らの勘定では損をする商いだ。ところが村の老人の言がこうだった。「乞食に与えるのではない。お大師様に差し上げるのだ。巡礼者の後ろにはお大師様が歩いておられるのだから。」つまり彼らは施しをするのではなく福を買うのだ —— と記せば帳面は合うのだが、讚岐の野道で老いた女が私の分まで握り飯を差し出したときは帳面が合わなかった。私は巡礼者ではなく、白い衣も着ておらず、誰が見ても外人だった。舌が辞退しようとすると女が言った。「歩く人でしょう。」私が受けたものだ。この島の信仰がどの教えに寄りかかっているかは仏教解説が別に見るが、その日私が受けたものは教えより古い何かだったと記しておく。

#土佐の人々

山を越えて土佐に入る前から聞いた言がある。「土佐の人と掛け合いをするときは値を二度呼ぶな —— 初めの値が最後の値だ。」行って見ると聞いたとおりだった。言が真っ直ぐで速く、回りくどさを怠けと見なす。酒の席では杯が回り、受けた杯は干す前に下ろせない。私は三晩をその法度に捧げてからようやく帳面を再び開くことができた。

武士たちは半ば百姓だ。畑の端に槍を立てておいて草を取り、呼ばれれば槍を抜いて握り駆けつけるという。聞いた話だ —— ただし畑の端に槍が立っているのは私が見たものだ。

海の仕事もその気質のままだ。土佐の船は黒い海へ出て鰹を釣る。獲ったものは蒸して干し、また干して木切れのように固めるのだが、我らと違い、この国の人々は魚を石にしておいて鉋で削って食う。初めは笑い、出汁を分けてもらってからは笑いを収めた。軽く、腐らず、値の張るもの —— 商人が海を渡って探し回る品の三つの徳をすべて備えている。

#山の村々

中央の山並みの中にも人が住む。谷が深く平地の言葉が届かず、塩が貴くて塩一摑みが銭の役をする村々だ。谷と谷の間は橋の代わりに蔓で編んだ橋が繋ぐ。足を踏むたびに橋全体が獣のように撓んだ —— 私が渡ったものだ。二度渡らねばならなかったが、二度目もましにならなかった。

谷の奥の村々には遠い昔の戦に敗れた人々が刀を埋めて隠れ込んだという話がある。掘り問うのは道の礼儀ではないのでやめた。ただし記しておく —— その村の老人が唄う節の調べが、野の唄より都(京都)寄りの調べに近いと舌が言った。


#混世の地 — 道を握る者たち

#環の寺々

霊場を守る寺々は妙な所に立っている。互いに遠く、祀る教えの流れもめいめいなのに、道一つで結ばれて一つの身のように振る舞う。どの大きな山門にも、どの領主にも繋がれていないという。巡礼者を害した者は島のどの寺でも門が閉じ、その噂は歩みより速く環を巡る。

領主たちも巡礼路には手を出さない。道を断った領主の家は三代もたないという俗説がある —— 聞いた話だ。俗説の効験か、戦の最中でも巡礼者は関所をそのまま過ぎる。文書もなく、笠と鈴だけで。この国で通行税のない道はこの道一つだけだった。最も安い道が、何も売り買いしない道だというのは商人が苦笑とともに記した勘定だ。

#土佐の気配

土佐で聞いた話一つ。谷ごとにめいめいだった城々を若い領主一人が順に取り集めているという。畑の端に槍を立てておいたあの男たちが彼の軍勢だと。酒の席でその名が出ると座中の声が一段低くなった —— 低くなったまま、嫌な気色ではなかった。島を巡る道もいつかその人のものになるのかと問うと、座にいた老いた僧が杯を下ろして言った。「道は誰のものになったことがない。領主は道の上を過ぎるものの中で速い部類に入るだけだ。」

#道が囲ったもの

なぜ巡るのか。約束どおり、聞いた話を記す。

巡礼者たちの答えは一様だ —— 功徳を積みに、大師と共に歩きに。ところが寺の老いた僧たちからは別の話を聞いた。昔この島に悪いものが沸き返った時があったと。その時大師が —— あるいは大師より先の誰かが、この件は語る者ごとに違った —— 島の周りに節を打ち、それを道で繋いで、島を一巡り囲ったという。道がすなわち囲い、結界だというのだ。

節は八十八だと言った。寺の数を問えば答えがまちまちだった理由をそこで聞いた —— 寺は焼けもし移りもして勘定が変わるが、節は変わらないと。八十八は道の勘定ではなく結界の勘定だと。何がその数を定めたのかと問うと僧は笑うばかりだった。

囲いは歩みで生きるとも言った。巡る人が絶えれば結界が冷めると —— だから凶年でも村が巡礼者を食わせると。接待は人情ではなく城壁の補修だと言ったのは阿波の老いた僧だった。ただしその囲いが何を防ぐものかは言が分かれた。山の中のものを外へ出させまいと閉じ込めた囲いだという者がおり、海の向こうのものを島に入らせまいと防ぐ囲いだという者がいた。内と外が正反対なのに両方とも己の言に確信があったので、私は両方を記しておく。

商人としての私の勘定はこうだ —— 道を生かさねば食えぬ寺々が作り上げた話とすれば勘定が清い。そう記して伏せようとした。ところが山の中で一夜、谷の向こうから長く鳴く声を聞いた夜があった。獣の声だと刀が言い、私は頷き、我ら二人ともその後しばらく言がなかった。その夜に限って私は囲いのほうに賭けたかった。

編者注:巡礼路が結界だという言が真か、半ばだけ真か、道を生かそうとする寺々の商いの手腕か —— 本巻は定めない。正典戦国の地の六つの圏域のどこにもこの島は入らない —— 空いている地はGMのものだ。節一つが消えた巡礼路ほどキャンペーンを始めるによい場も稀だ。


#霊異の地 — 狸の島

#狐が渡れなかった島

船乗りの冗談を島のあちこちで再び聞いた。冗談ではなかった勘定だ。都(京都)のほうでは狐が人を化かして権門に入るという話を聞いたが、この島の人々は狐の話を他国の話のようにする。この島に狐はおらず —— 狐が渡れなかったのか、狸が渡らせなかったのかは語る者ごとに違った —— その座を狸が占めている。

#狸と掛け合いをする法

この島の狸は化かすが、奪いはしない —— おおむねそうだという。酒を好み、拍子を好み、賭けを好む。月夜に腹を叩く音が聞こえればその山には入らないのが法度だ。宴を妨げられた狸は後を引くと。

村と狸の間には約定がある。秋の祭りの初酒一樽を森の入り口に出しておく村、橋詰めの石に年ごとに新しい注連縄を巻いてやる村 —— その値として狸は夜道の悪戯を収め、ある村では嫁入りの行列を峠の向こうまで送り届けるという。聞いた話だ。ある港の仲買は「狸の借り」という言を使った —— 狸に世話になった者は返すまで何の勘定をしても末尾が合わないと。仲買が戯れに言った言なのに、言う間は笑わなかった。

讚岐には屋島という山の老いた狸が島の狸たちの頭だという話がある。島に大事があれば狸たちがその山に集まって相談するという —— 人の国が六十いくつに分かれて争う間、狸の国は一つだという戯れを舌が添えた。

私が見たものも記す。ある寺の床下から狸一匹が私を長く見た。獣の眼ではなかったと記せば誇張になるので、獣にしては勘定の長い眼だったとだけ記す。その夜私の分銅が一分足りず、翌朝には一分余った。寺の僧は詫びる代わりにこう言った。「勘定をお好みの方がお泊まりになったので、あちらも勘定を一度してみたかったのでしょう。」

編者注:この島の狸を卓に上げるときの位置と数は正典と妖魔変形索引の狸の項、獣・物・場所の妖魔が握る。ピントの記録が正しければ —— これらは斬る相手ではなく掛け合いをする相手だ。

#犬神 — 噂が噛むもの

土佐で聞いた話だ。ある家には犬の霊(靈)が宿っており、その家の人が憎んだり妬んだりした者を噛むという。噛まれた者はわけもなく患い伏し、幻を見、犬のように振る舞うと。そんな家を犬神憑きの家と呼ぶ。

そして人々はそんな家を選り分ける。縁談が交わされればまず互いの家の来歴を探り、そんな声を聞く家とは縁組みをせず、井戸を共に使わない。誰が定めたか知れない名簿が村の口から口へ伝わる。

私が見たものを記す。私はそんな声を聞く家と取引をした。他の仲買が忌んだおかげで値が安かった —— 商人の恥ずかしい正直として記しておく。その家の干鰹は島で買ったもののうち最もよく、勘定は正確で、茶は温かかった。その家の犬は一匹で、老いていて、吠えなかった。

犬神が人を噛むのを私は見なかった。噂が人を噛むのは見た —— その家の娘の縁談が三度破れたという言を、私は本人のいない座で聞いた。我らの国にも魔女と呼ばれて村から追われる女たちがいる。海をこれほど渡ってきたのに、人が人を選り分ける法は似ていた。病の理由がわからないとき人は理由のある家を作り出す —— この一行は見たことと聞いたことのどちらにも分類できない。ただ記しておく。

編者注:犬神をシナリオに上げるGMへ。この題材の刃は妖魔ではなく噂だ。その家が本当に何かを使うのか、誰かが噂を使うのか —— 答えは卓が定めるが、どの答えであれ「その家の所為だった」で終わらせないこと。正典と妖魔変形索引に犬神という名はない —— 本巻が初めて受けて記す伝承であり、形と数値がどうしても必要になれば怨霊・死霊・呪い系統の呪い型から借りて削る。ピントがその家で見たものは怪物ではなく値を削られた人々だった。

#同じ道を巡るもの

巡礼路の夜にも鈴の音がする。村の人々は夜の鈴の音に門を開けない —— ただしある家は門の外に飯一椀を出しておく。道で死んだ巡礼者が巡りきれなかった道を巡り終えるのだと、生きた人の接待を受けられないので門の外のものだけ置いて行くのだという。

阿波の峠で私は船で会ったあの歯の抜けた老人を再び見た。我らは船と馬を乗り換え、老人は己の足で歩いたはずなのに、老人が我らより前にいた。挨拶しに近づこうとする私の袖を舌が摑んだ。老人は角を曲がって消え、鈴の音はその後もしばらく残っていた。私が見たものだ —— と記したいのだが、日の暮れ時で私は疲れていた。この一文だけは二つの欄の間に記す。

巡礼者たちはこうした話に驚かない。一人が私に言った。「環には終わりがないでしょう。終わりを見られなかった人が歩き続けるのが、何が不思議なのです。」


#卓にて

Scene Tool. この節のみGM用の場面道具だ。

この島の主題は「環」だ。 巡礼の環、結界という噂の環、同じ道を巡り終える死者。四国の話は直線より円で転がすときによい —— 一行が発った場所に戻ったとき何が変わっているかがこの島の問いだ。道の上で転がす小事件は旅路の事件を開けばよい。

巡礼護衛。 巡礼者には手を出さないという道の法がある島だ。だから巡礼者に化けた逃亡者がおり、巡礼路でしか動けない護送があり、その法を迂回せねばならない追跡者がいる。一行が護衛する白い衣が本物の巡礼者かどうかからして場面になる。

消えた節。 霊場一つが空いた —— 焼けたか、住職が死んだか、寺がある領主の側に就いたか。その区間の村々で夜が変わり始める。結界の噂が真かはGMが定める —— 真でなくとも村の恐怖は真であり、節を再び立てる仕事はどちらであれ報酬を受ける。社交場面の判定枠が必要なら正典非戦闘規則を借りる。

狸政治。 峠の通行、市場の掛け合い、失せ物 —— この島ではそのいずれであれ狸との掛け合いで転がせる。狸が受ける値は銭ではない。酒、拍子、面目、そして秘密。数と変形はfc08が握る。

犬神の縁談。 土佐の二つの家の間に縁談が立ち、三日のうちに一方が犬神憑きの家だという噂が回り始める。一行を雇うのは縁談を守ろうとする側かもしれず、破ろうとする側かもしれず、噂の出所を探そうとする第三者かもしれない。犬の霊が本当にいるかはGMが定める —— ただし噂の立った道を遡れば末には必ず誰かの勘定があり、その勘定を明かすのがこの事件の結末だ。扱う水位は「霊異の地」の編者注が握る。

土佐の気配。 谷々の城を取り集める若い領主は刀も買い筆も買う。護衛、使者、黒い海の船路護送 —— 依頼人に使ってよく、キャンペーンを長く引く池に使うにはなおよい。本巻は彼に名を与えない —— その名はあなたの卓で定まる。


着く所のない道は終わらず、終わらない道は囲いになる —— 聞いた話だ。ただし今度ばかりは、信じるほうの欄に記す。